最近購入したもの

Amazonで注文していた商品が届きました。しかもポスパケットで。

     基盤が透けているように見えるiPhoneカバーとモバイルバッテリーです。
本当に透けているようにとまではいきませんがデザインが好みだったので購入。

モバイルバッテリーは先日他県の友人宅に大容量のバッテリーとLightningケーブルを忘れてきてしまうという何とも痛いことをしてしまったので間に合わせで2500mAhの安いのを購入しました。喫茶店で1-2時間Bluetoothキーボードを使うためならととりあえず間に合わせで。しかしmicroUSB用なのでlightning-microUSBの純正変換プラグも買いました。

このモバイルバッテリー、とにかく薄い。小さい。iPhoneよりも小さくて6mmという薄さ。ケーブル内蔵。変換プラグの収納場所もついていて1199円という安さに惹かれたのでセカンドバッテリーとして使おうかなあと思います。

郵政さんも佐川さんもヤマトさんも私が午前中ならば在宅しているのをなぜか知っているようで皆さん12時前後に持ってきてくれるので何ともありがたい話です。

小ネタ集

久々の没ネタについて。書きたいことは色々とあるのですが、上手くことばにならなかった残骸たちの話。ある意味小ネタ集のような感じです。

「喫茶店の当たりはずれ」
16歳からはじめて7年くらいになる喫茶店めぐりで、ここは辺りだったなあという喫茶店とはずれだったなあという喫茶店の感想。とある遊郭のはずれにある喫茶店には衝撃を受けました。あそこは間違いなく個人的はずれ店と思える店について。

「書を捨てよ、町へ出よう」
寺山修二の本から拝借したタイトル。ついでに阿部公房についても書きたかったのですが、文章量が足りず断念しました。このタイトルの響き自体はとても好きで、この本の感想を書きたかったのですが。

「三冊の人間失格」
なぜか太宰治の人間失格を三冊持っている人の話。本人は太宰好きという訳でもなく、人間失格を三人からもらって三冊になってしまった人がいて、その話を書きたかったのですがいい落ちが浮かばず断念しました。

「異邦人」
カミュの「異邦人」について。その本を読むきっかけが勿論あったわけですが諸事情により書くことができませんでした。海外文学が苦手な私を変えた一冊です。

いずれこの中から採用する分がでてくるかもしれません。
一応、小ネタ集どまりということで。

見えるものが見えない

見えないものが見えて、見えるものが見えない。決してオカルト的な意味ではなくて、自分の中の問題の話。

糸が見えるときがある。
複雑に絡まりあって、決して解けそうにもない赤い糸が見えるのですが赤いときもあれば白いときもあってそういうとき自分が混乱しているなあと理解します。

景色が文字になって見えるときもある。
見たものが明朝体で、原稿用紙数枚分が一気に見えることがあって、見え過ぎて処理ができないときはとにかく呟くなり書き出すなりします。

通帳は見えない。
通帳記入をしても通帳が読めない。記号の羅列にしか見えないので、遠い外国の言葉のように思えて途方に暮れてしまうので、通帳記入はしません。

伝票は見えない。
仕事で扱う伝票でも読めない伝票があります。これも通帳と同じ。見えない手帳もあるので、手帳を買うときはかなり気を遣うので、手帳は買わないようにしています。

目を瞑ったときに見えるものは一体なんだろう。あの色は何色なのだろう。
そんなことを考えては自分の世界に籠ってしまって帰り道がわからなくなってしまいます。誰か、どうやったら見えるものを見ることができるのか教えてください。

点と線で人生を

点と線で人生を表現することは可能か?

このテーマで何か書きたいとずっと思っていたことだったのですが、16歳のときにふと思いついて21歳に至るまで考えていたことで、到底無理だと気付くのに5年の年月を費やしてしまいました。図形にすることも論文にすることも出来ませんでした。

たとえば、生まれた時点を点として、そこから点Aやら点B、線1、2とを結などと色々と考えてみたのですが、私の思っていた以上に人生というものは複雑なようです。たかだか20数年の人生で複雑という結論に落ち着くのも何とも青い話ではあるのですが、当時としましては表現可能な物だと信じてやまなかったのです。

そもそも直線だけでは表現のできないものなのでしょうね。きっとその表現がある程度完成したところで、自己満足な劣悪な現代アートにしかならなかったのではないかと思います。

しかし、人生を表現するために言葉という便利なものがあって、言葉というのは結局は文字でその文字は点と線の記号だったり、人生の1ページを捉える写真でさえも小さく見れば点と線の集合体だったりするので、点と線で人生表現するのは結論としては可能なのかなと、ふと気が付いた23歳の春でありました。

不思議な男性

多感な10代後半に出会った人の中で忘れられない印象的な方がいます。

彼の年齢は誰も知らず、完全に年齢不詳の方でした。
知っていることと言えば、実家は山奥で所謂お坊ちゃんで、独身。

高校時代は髪を緑やピンクに染めていて、下駄で登校していて、親御さんも呆れていたようですが、絶対に無理だと言われていた国立大学に入学して、今はどこかの街で塾のオーナーをしているそうです。

当時は都心にマンションを借りていて、部屋が余っているからと同郷の後輩たちを居候させたりしていて、ポストにいい物件の広告が入っていればすぐに電話して引っ越すくらいの引っ越し魔で、広島焼きを食べに広島に行こうと急に言われたり、とにかく行動派な男性でした。

成人してからも、コーヒーを飲んでいたら顔を思い出したからという理由で呼びつけられたりもしましたが、また会いたいと思わせる不思議な魅力がある一方で、今日会ったらもう次は会えないのではないかと思わせるような、結婚相手なんてすぐにでも見つかりそうなくらい魅力的な方なのに、結婚したがらない、そんな方でした。

今まで出会った中で一番不思議で、一番クレバーな男性です。

 

例えるならば

あの子って誰に似ているか、そんな例え話は結構日常会話にもでてくることで、私も耳にする例え話。じゃあ私って何に似ているか。そんな話です。

 

私は、友人がお酒に酔って眠ってしまっている間、車の助手席などで、よく本を読みます。

それは初めて付き合ったボーイフレンドが原因で、デートと言えば喫茶店で読書か、あるいは勉強をしたりするのが当たり前で、人といるときは本を読むべきではないと誰かが教えてくれたのは成人になってからのことでした。

しかし癖というのは簡単には抜けなくて、大体人と会うときは本を持って出かけてしまうのですが、よく尋ねられるのがどんな小説を読むのか。そういうときは主人公がどんな人物かをざっくりと話すことにしています。

例えば、喫茶店に入り浸って知らない人から借りた本を煙草を咥えて片っ端から読んでる女の子だったり、マダムとよばれるオカマの家に居候してソファの上で一日中本を読んでいる女の子だったり。それってあんたじゃないのって言われてイメージの恐ろしさを痛感したりするのです。

とある小説では何かに夢中になったら煙草を吸っているのさえ忘れて没頭してしまう女性が出てくるのですが、それは往々にしてあることで、まあイメージも半分くらい合っているかと開き直ったり。(ちなみにその小説では彼女の煙草をきちんと消してくれる男性も登場します。私の場合はというとそれは秘密です。)

あまり現存する人物に例えられることは少ないですが、小説に出てくる女性には例えられるのは、小説好きとしてはまあ、嬉しいことですかね?

ゴールデンウィークも営業してますよ

ここの記事のアップデートすら遅れてしまうほど、なにかと忙しい毎日に追われていてふとカレンダーを見ると、もうゴールデンウィーク間近ではないですか!

某電機メーカー勤めの頃はGWとなると一週間以上の長期連休となるので妙にそわそわしてたものですが、今ではすっかりGWどころか土日ですら通常営業ですから、うっかりすると世間様のイベントを全て見過ごしてしまうような状況です。

今年のカレンダーだと5月2日〜5月6日がメインで、それ以前の4月29日から4月30、5月1日と有給休暇をくっつけて8連休とか、もっと長い人だと今週末の4月25日から12連休とかそれ以上の方もいるかもしれません。去年からどこにも遠征できてない身としてはなんとも羨ましい話です。

そう、うっかりしていたのです、
ウェブサイトへの営業日告知をいまだに書いていません。今週末にはGWムードになってるという頭がなかったのもので、すっかり月末くらいに書けばいいやという程度にしか思ってなかったのですね・・・すぐにでも更新しておかねば。

しつこいくらいに書きますが、弊社は明日も明後日も土曜日も日曜日もGW期間中も平常通り営業しております。そしてこの時期なにかとお急ぎのご依頼も増えますので、どうぞよろしくお願いいたします。

景観とカフェ

私はカフェがどうも苦手で、あのお洒落な空間に溶け込めている気が一切しません。

先日のミーティングはカフェに行ったのですが、自分で言うのも変ですがまるで借りてきた猫のよう。昭和の香り漂う喫茶店でなければどうもしっくりこないのです。どうも自分が浮いているような気がして落ち着かない。

三軒目に行った喫茶店は良かった。いつも通っているマスターが無口な店で、過度なお洒落さもなく、こじんまりしていて、FM802が煩すぎず、静かすぎずで丁度よい。そんな店でこそいつもの自分でいられるような気がして、まったりのんびりコーヒーを啜りながらマスターとああでもない、こうでもないとミーティングが弾んだのでありました。

そういえば、海外では私カフェに入れたぞ?パンケーキも食べたぞ?その違いは何だろうって思ったときに、海外のカフェってある程度景観に馴染んでいて、お洒落っていうよりも何だか自然体で、そう日本の喫茶店が景観に馴染んでいるようなそんな感じ。ちなみに海外の町並みが日本と違ってごちゃごちゃしていてもお洒落に見えるのは看板の言語が他言語なので情報として処理する力があまりないからなんですって。景色として処理してしまうから何だかお洒落に見えてしまうそうです。

景観って大事ですね。

There ain’t no place I’m goin’ to

土曜日は久々に中学の同級生とお茶してきました。勿論喫茶店。
今、好きな人いるという彼女の話からは始まり、久々にガールズトークを堪能してきました。街コンのはなしとか、デートの話とか。あれ。こんなに乙女でしたっけ?って思いながら聞いていました。

それはそうと、タイトルが少し意味深ですが・・・

好きな音楽といえばBob DylanでSubterranean Homesick Bluesが一番初めに聴いた曲なので何とも想い出深い一番好きな曲だったりするのですが、最近口ずさむのはMr.Tambourine Manです。今日のタイトルはそんなMr.Tambourine Manからのワンフレーズ。

tambourine manとは、米俗でヤクの売人という意味になるそうで、一説によるとこの曲からその意味ができたとも言われていると最近知りました。少し賢くなった気分です。

Hey Mr. Tambourine Man, play a song for me.
ヘイ ミスタータンブリンマン 僕のために一曲演ってよ

I’m not sleepy and there ain’t no place I’m goin’ to.
僕は眠くないし、僕はどこにも行くところがないんだ

 

ここの歌詞が一番好きだったりします。初めの歌詞です。なんだか10代のときや1年半前くらいのときのことを思い出します。今はとても眠いし、行くあてもあるので、この曲に共感するような機会は滅多にないけれど。

 

広島に心惹かれて

自他共に広く認められている雨男です。

そういえば先日のいつもの喫茶店でのミーティングのときは「珍しく降ってないですね」と言われたような気が。
そう、福岡まで遠征したときも、札幌に遠征したときも、東京でも愛知でも静岡でも、とにかくいく先々で天気予報が直前に変わるくらい雨が降り、ときには記録的な大雨になったりするもんだから、いずれは雨男&雨女を集めて干ばつ地へと潤いを届けるサービスなんかも実現できるんじゃないかと密かに考えてます(笑)

ところが、印象に強い例外が1つあって、それは数年前に広島へと遠征したときのこと。
広島市内と宮島と呉に立ち寄ったんですが、前日までの天気予報では台風直撃コースで、ほぼ間違いなく帰りの新幹線は止まるだろうなと覚悟しての遠征だったんです。

ところが、そんな覚悟のもとで新幹線に乗って移動を始め(移動中はトンネルが多いのでネットから切り離されてますしね)いざ現地にたどり着いてみると台風どころか雨も降ってなくて、厳島神社まで足を伸ばしたときにはカンカン照りで、台風情報を見ても直撃だったはずの台風はどこかに消えてしまっていたという・・・

めずらしいこともあるもので、よほど人生初の広島の地が晴れをサービスしてくれたのかなあとありがたく思っておくことにしました。そしてこれもいつもの事ですが立ち寄った地域からの写真データ復元のご依頼が急増するわけでして、なにやらご縁が深くなったような気がしています。
また久しぶりに、そんな広島にもう一度ゆっくりしに行きたいなあと心惹かれつつあるところです。