【読書日誌】中原中也との愛

読書することを忘れてしまったかのように、本から離れたところで暮らしていたのですが、これがまた思い出したかのようにまた読書をすることとなりました。

「中原中也との愛 ゆきてかへらぬ」長谷川泰子・村上護編(角川ソフィア文庫)です。


中原中也の詩集が家にあったので、それを読む前に読んでおきたい一冊でした。女優志望の泰子には詩人中原中也との出逢いがあり、共に暮らし、そして別れがあって、更に評論家小林秀雄との出逢いと別れがありました。彼女の潔癖症について書かれていたり、それに対して小林が「シベリア流刑」だと言ったのが印象深いです。昭和初期の文壇の分かる一冊だそうですが、その頃の文壇に造詣が深いわけでもないので新鮮な気持ちで読み進められました。知っている方の名前も出てきたので飽きずによめましたし、この頃の文化や文壇を知るべく、高校時代の国語便覧でも読んでみようかなという感想です。

中原との別れのあとも、付き合いは途切れたり続いたりしながら、彼の死までを、中原中也の詩を織り交ぜながら綴っています。

その本の中でドッグイヤーしたページがひとつあって、中原が泰子さんに宛てた手紙の一節を引用した部分の最後。

打つも果てるも火花の命。

この言葉に何だかグッとくるものがありまして。ちょうどその時、友人とビールを飲み、軽くつまみながら読んでいたのですが、つい口ずさんで、頁の端をそっと折りました。

打つも果てるも火花の命。

私にも数は少ないですが一緒に食事をする相手はいて、その時は男性だったのですが、彼は特に本を読むことに対して何も言いません。中原中也という名前を聞いたことだけはあるといったぐらいですから、読書の話をするわけでもなく、各々に好きなことをして過ごすわけです。

私の周りにはそういう人間が結構いて、熱く何かを話すこともありますが、大体はお酒の途中でギターを弾きだしたり、失恋の感傷に浸って深酒をして眠りについてしまうので、お互い干渉するわけでもなくただ同じ空間にいるだけということが多いのです。

なので、お酒と人という組合わせは素敵な読書空間になり得るのです。

とまあ、横道に逸れてしまいましたが、中原中也との愛、興味のある方は是非。