デジカメを使い始めたのが

かれこれ・・・子供が生まれた12年ほど前からデジカメを使い始めてます。

当時、もっとも売れ筋だったOLYMPUSのコンデジを使い始め、その後3代くらいはOLYMPUSだったかな。
途中、フォトコンの副賞かなんかで一眼ふうの本格的なの(E-10)を貰ってからかなり気に入って使い続けてたけど、いつのまにやらCANONのコンデジを使ってみて気に入り、しばらくして一眼もCANONに鞍替え。
いまのPanasonicのミラーレスにたどり着くまでに、FUJIのコンデジも2機種ほど。
とまあ…なぜかメジャーなNIKONに縁がないのが不思議なデジカメライフなのですが…
そんなことはさておいて、

ふと、今のデジカメデータがどのくらいたまってるんだろう?とデータ容量をカウントしてみると、152GB。
当初はMOなんて媒体でバックアップしてたけどとても追いつかないので中断したまま、そういえばディスクにはコピーしてないな、と。
いまバックアップするならBD-Rの25GBか50GBあたりのがまともな選択肢だと思うのだけど、さて、いったい何時間くらいかかるのやら(^^;

あ、それ以前にまずBDメディアのストックが無いな。 運動がてら買いにでかけなくちゃ。

長居公園に落ちたので

何日か前の朝刊のトップ記事に先日の落雷がのってました。 先日はほんとにすごい雷だったし、大阪市内でもアチコチの建物にカミナリが落ちる瞬間を何度も目撃したわけなんですが…

その時は、停電とかあってサーバーが止まったらやだなあ、とか、誘導電流で機材が壊れたらいやだなあ、とかいう事は頭をよぎりましたけど、まさか長居公園で亡くなられた方がでるとは。

たしかに大きな公園なのでひらけてはいますが、でも一応大阪市内。
周りにもいっぱい高い建物があるところなので、まさか市内で落雷で…などとは考えもつかなかったですね。

やはり自然をなめてはいけないです。
ちょっとカミナリに対する認識が変わりました。

タイガー コペンハーゲン

今日はほんとにひどい雷雨だった。
僕が出かける直前までは晴れてたのに、いや、出かけてからも陽は照ってたのに、ポツリポツリと大きな雨粒が落ちてきたなと思っていたらあっという間に土砂降りに。

しかも、ほんの近くで雷鳴がとどろき始め、稲光がそれこそ2秒間隔で視界に入るしまつ。
※車での移動中だったので、ミラーごしにほぼ全周囲が視界にはいってたわけですね。

一瞬、予定を変更してさっさと家に戻ろうかとも考えたものの、結局のところ雨をしのぎながら意気揚々と乗り込んできました。北欧雑貨の「TIGER COPENHAGEN」に。
…と、書きたかったのですが、いざ到着してみると「臨時休業」の張り紙が(笑)

せっかく、普段歩きなれないミナミのアメ村界隈を お洒落な若者たちに混じって(かなり浮きながら)探し回ってきたというのに(^^;

どうやら、開店当初からの人気っぷりはまだ激しいようで、在庫を確保するのに今日まで休みだったらしいです。
仕方なく、店の外観だけ写真に収めてトボトボと帰ってきたのでありました…

やめられない習慣

冷静に考えれば別に気にしなくってもいいのに、なぜだか習慣化していることってありませんか?

僕はよくあります(^^;

車を駐車するときは必ず出口方向にフロントを向けて止める、とか、サイフとは別に小銭かテレホンカードを持ち歩く、とか、なんとなーく幼少期に親父に仕込まれたような基本的な行動もさることながら…

自分でも一番奇妙だなと思うけどやめられない習慣は、 脱いだ靴下を朝まで部屋に置いておく、ということで(^^;

これも元をよ~く考えてみると、息子がほんとに小さかったころに、年に1度は必ず真夜中に夜間診療につれてくってな事態が起こってたんですが(いまじゃ丈夫になったもんです)、
そんな緊急時にいちいち靴下を探してられないので、気がついたら靴下だけは脱いでも 書斎に朝まで置いておくという習慣がついたんですよね。

いまではまるで、げんかつぎのようになっちゃってますが(^^; ビジュアル的にも感心できないなあーと思いつつ、それでもなんとなく靴下を置いておくバカな親父でございます。

YahooやGoogleで検索して

広告会社さんからの売り込みでは、どこも共通して述べてくれるセールスポイントでもあるのですが、

一般の利用者の方々がネット検索をするときは、自分で検索キーワードを入れますよね。
そのキーワードを入れるという行為が「自分で調べている」という誤解を生むようです。
あくまでも自分で調べたと思っているので、出てきた結果を疑うことも少ないと。
そして、
検索結果として表示される1ページ目や2ページ目は、もちろんの事ながらお金で買われた順位で表示されているのですね。

つまりは、ネット検索をしてるうちに、自然とお金で買われた検索結果をさも自分が調べて見つけたと誤解したまま信じこませてしまう事ができるという…
TVコマーシャルやDMみたいな押し付けられ感覚を与えずに、宣伝ができてしまう都合の良さが存在しているのです。

い までは小学校でもネットの使い方を教育しているようですが、使い方を一通り教えた後には必ずこの誘導の仕組みがあるということを教育しておかないと、さも 簡単に思考の誘導が行われてしまうわけで、たとえばGoogle一強としてしまえば、Googleに都合の良い世の中が簡単に作れてしまうという事をちゃ んと大人が認識して子供達に教育していく必要があると常々思います。

「日本で一番悪い人」ってキーワードで検索して、自分の名前や住所が検索結果として出てきたら嫌ってだけではすまない事態になりますものね。